1. ホーム
  2. 小さな映画館に寄せて
  3. 大原清秀さん「映画は文化です」

小さな映画館に寄せて

大原清秀さん「映画は文化です」 2011.05.28 (Sat)

『小さな町の小さな映画館』を見てくださった大原清秀さんから「映画は文化です」というお手紙を頂いたので、ご本人の了解を得て転載します!

「映画は文化です」
どこの市にも図書館があります。何だ、当たり前じゃないかと思われましょうが、それは人々が本は文化である、と考えているからです。もし、図書館のない市があったら、きっと図書館くらい欲しいという要望が出るでしょうね。
ところが、映画については、映画館のない市はごく当たり前のことになっています。
なぜでしょう?

それは、映画が一過性の消耗品と受けとられてきたからです。たとえば、キネマ旬報ベストテンというものがありますが、戦前のベストテン作品のうち、フィルムは2割くらいしか残っておりません。それは映画が一回うつしたらそれっきりの消耗品と考えられ、磨りきれるに任せ、誰も保存などということを考えなかったから。
加えて、辛うじて残ったフィルムも、硝化銀ですか、フィルムの感光剤が爆薬の原料になるため、煮溶かされて爆弾の材料とされてしまいました。
こうして、スタッフの苦労の結晶である映画は、どんどん、虚しく消えてしまったのです。

私たち日本人は、映画をなんと粗末に扱ってきたことか。映画は貴重な文化であります。
文字で読むか、映像で見るかの違いこそ、その内容は、決して本に劣るものではありません。

ですから、図書館と同じように、どこの町にも映画館はあってしかるべきものだと考えております。
空間(スペース)につきましては、映画館は図書館ほどの面積は必要としません。本の置き場はいらないのですから。人件費につきましては、映画館はそんなに多くの人手を必要としません。これも、図書館と同じくらいか、いや、図書館の方が人手がいるくらいです。
ですから、これは実現可能だと思います。
また、映画館は防音装置がととのっておりますので、閉館後の夜は、音楽の練習場として貸し出すことも可能です。(チャッカリ、儲けちゃお)

なお、私はマンガも文化と考えておりますので、マンガ図書館もあったらいいなと思います。

この記事に関連するタグ

  • 映画

光田憲雄さま
大原清秀さんのことを書いてくださって、ありがとうございました。大原清秀さんはシナリオライターとして活躍されていました。

ご自身の意志で葬儀はありませんでしたが、縁ある人が集い花を手向けました。

次回作の『旅する映写機』の時も、たくさん応援をしていただきました。現在3部作となる作品を製作中で「いつ頃できるの?」と楽しみにしてくださっていました。「春だね!」と念を押されていました。
誤嚥性肺炎で、その前日はお元気でお見舞いの方にいつもの博識を披露されていたそうです。
多くの応援に、心から感謝しております。

[2015.08.25(Tue) 15:18]

森田惠子さん

大原さんは映画監督をなさっていた方だと思いますが、8月4日(火)肺炎の為逝去されたと御子息から連絡がありました。あまり急なことで言葉が出ませんでしたが、時間が経つにつれ、かけがいのない人が亡くなったと残念でなりません。
ここんとこ、惜しい人が次々に鬼籍に入られるので情けなくて仕方ありません。その癖、安倍何とか云う馬鹿総理やカンだかスガだか人相も心も悪そうな連中ばかりがのさばるとは、この国の未来は大変暗い。大原さんの足下にも及びませんが、金曜の霞ヶ関には時々ですが行っていますが、小生も残り少なくなりましたが、当面死ぬ予定はありません。小さな映画館にも通い続けようと思います。まずは大原様ご逝去のご連絡。同時にご冥福をお祈り致します。

[2015.08.24(Mon) 20:04]

光田憲雄さん

ページの先頭に戻る